2017年04月12日

【耳がイイってどういうこと?part6】

【耳がイイってどういうこと?part6】


遠くて広いソナーをオンにしたまま歌うことによって、
情報が《深く》聴こえるようになり、
聴くチカラと歌うチカラはドンドン磨かれていくわけですが、いくつか気をつけることがあります。

一つは、

話し声では出さないような高い声や大きい声を出したり、
身体にチカラを入れすぎたり、
感情をあまりにも込めすぎると、、、

《ソナーのエリアが一気に小さくなったり、場合によってはソナー画面自体が消えます》


人間の感覚器官は極度に緊張したり、
感情的になったりすると、

【見る・聴く・感じる】

というチカラが弱まり、
自分を取り囲んでる世界を一気に狭め、
身体に入ってくる情報を少なくしてしまいます。

その状態でいくら考えるチカラを働かせても、情報量が少ないので解決の糸口が見つけられず、パニックになったりもします。
これがいわゆる
「あがる」「真っ白になる」「リキむ」
という状態です。


でも、歌う時は高い声も出しますし、感情を込める事も必要です。

大切なことは何度もトライしながら、狭まろうとする自分の世界を、さらに広げていく意識を高めていく事です。


私が言う言葉はとても抽象的です笑

「しっかりと目にチカラを宿して、声を出して、自分の世界を広げるんですよー(⌒▽⌒)」

これだけ。(⌒▽⌒)

世界がとっても広く感じられたら、
その人の歌声はあっという間に、
自由に輝きはじめます(⌒▽⌒)
posted by kim at 18:49| Comment(1) | 日記 | 更新情報をチェックする

【耳がイイってどういうこと?part5】

【耳がイイってどういうこと?part5】


遠く広いソナーのまま、
感知した情報を深く知るための方法、
それが、
《ソナーをオンにしたまま、歌う(演奏する)》事です。

ソナーの情報が魚なのか何なのかを知るには、船を動かし、そこへ行ってみなければなりませんでした。
そうやって何度も何度も、移動しては漁をし、そのデータを積み重ねることによって、魚群探知機はより性能を上げていったそうです。

ソナーをオンにしたまま、自分の船をそこまで動かし、それが何なのかを少しずつ知っていく。

自分の船の動きだけを見ていては、
その場所にはたどり着けません、
ソナーやソナー画面への意識を切ったら、自分が何処にいるかすら、わからなくなります。

《ソナーをオンにしたまま、歌う(演奏する)》事。


これが、聴くチカラと歌うチカラを同時に引き上げ、自由に輝く歌声を手に入れる方法の一つだと、私は思っています。


是非、曲を聴いて覚える段階から、お試しください!(⌒▽⌒)
リズムも音程もハーモニーも、思うがままに歌が変化していきますよー(⌒▽⌒)
posted by kim at 14:00| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

【耳がイイってどういうこと?part4】

【耳がイイってどういうこと?part4】


遠く広いエリアに網を張った、
魚群探知機=ソナーのような耳を意識して音楽を聴くと、それまでよく聞いていた音(自分の好きな声や楽器)が、それまでのようには聴こえなくなります。

簡単に言うと、
「わかりにくくなる」
「何言ってるか(音程なども含む)わからない」
という状態です。

お仕事や生活の中で、
「ちゃんと聞く」事が日常化していると、《わかろうとする意識》が聴点周辺に張り巡らされています。

ですので、
飛んでくる言葉や音が速ければ速いほど、難しければ難しいほど、人は距離を取って音を待ち構え、ちゃんとわかろうとします。
ですが、part2で書いたようにそれでは正しく情報を受けとる事は出来ません。

では、どうすれば、
遠く広いソナーを解く事なく、
わかりにくい情報を
《深く》わかるようになれるのか?


実は魚群探知機にも登場した当初、
これと少し似た状況があったそうです。

ソナー画面に魚の群れを感知したけれど、それがマグロなのか、カツオなのか、本当に魚の群れなのか、初期性能のソナーでは判別は出来なかったそうです。

ですので、ソナーをオンにしたまま、船をそこまで移動し、漁をしてみて初めて、それが何なのかがわかる。

という今の感覚で考えれば、少し非効率なものでした。
(今では性能も上がり、魚の大きさや種類まですぐわかるそうです(⌒▽⌒))


ですが、この流れの中に聴こえている耳の要素の3つ目、《深く》するためのヒントがあります(⌒▽⌒)
posted by kim at 13:52| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

【耳がイイってどういうこと?part3】

【耳がイイってどういうこと?part3】


キャッチという言葉は、
人によって2通りのニュアンスがあります。
一つは受け止める
一つは捕らえる

どちらも掴むという意味では同じですが、後者の方にはより能動的な、捕らえに行く=ハントする、というような意味も含まれます。

私は、フィール=感じるという感覚はどちらかというと、この能動的な捕らえに行く耳がもたらしてくれるような気がします。

いえ、もしかしたら、捕らえにすら行かないくらい既に網が張り巡らされてるような状態、まるでマグロ漁船に付いている
【魚群探知機=ソナー】のような状態こそが、聴こえている耳なのではないか?と思っています。

音が発生した時点で、その音が何なのかという判別や判断は出来なくても、センサーが反応出来るエリアが遠くて広い耳。
発生から反応までにタイムラグが生まれない耳。

どこまで音に興味が持てるかによって、聴点は奥深く、遠くなり、エリアが広がるのだと思います。

Vocalの向こう側
ギターやピアノの向こう側
ベースやドラムの向こう側まで
聴点を広げれば、歌はもっともっと
【自分に近く】聴こえるはずです。

その声の裏側まで感じられるようになれれば、歌詞や音程だけではない声の豊かさや面白さが、少しずつ見えてきます。

《広い》ソナーのような耳。

もし、自分の耳がそんな風になったら、、、楽しいですよー!
イメージしてみてください(⌒▽⌒)
posted by kim at 13:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

【耳がイイってどういうこと?part2】

【耳がイイってどういうこと?part2】


「音楽的に耳がイイ事は大切です」
という事をお話すると、
大抵の方は、

「よし、これからはよく聞かなきゃ」
「ちゃんとわからなきゃ!」

と、意気込みます。
(性格的には生真面目で、ちゃんとしてる方、あるいはちょっと頑固な方が多いですね^_^)

でも、それでは
[遠く、広く、深く聴こえている耳]
からは少し遠ざかってしまいます。

そういう方は、
聴こえている耳のことを、
《審美眼》のようなものだと捉えているような気がします。

よく見て(聞いて)、それが美しいのか、そうでないのか、正しいのか、そうでないのか、etc.etc。。。

『瞬時に理解・判断出来る』=聴こえている事。
と、拙速な向上心によって、
誤解されているように思います。

もちろん、長い目で見ればそれは間違いではないのですが、
人間の習性として、

「わかろう、理解しよう」

という意識が先に立ちすぎると、
思わぬ落とし穴が待っています^_^

そういう方は、
ちゃんと見極めよう、
という意識のあまり、
耳の聴点(視点と同じようなもの)を
より自分に近づけ、
飛んでくる音を
《待ち構えてしまう》のです。


音は空気振動によって伝わりますが、その距離が長ければ長いほど、発生した状態から情報は削ぎ落とされていきます。

慎重になるが故、音を待ち構えてしまうことで、キャッチした情報にはほとんど中身がない状態、という事も少なくありません。
posted by kim at 13:47| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

【耳がイイってどういうこと?】

【耳がイイってどういうこと?】


よく、生徒さんで
「私、耳が悪いんです」
「聞こえてないのかも」
という方がいらっしゃいます^_^

耳がイイってどういうこと?
という問いかけがその言葉の中に含まれています。

聴覚検査で聴こえていることと、
音楽的に聴こえていることとは、
少し意味合いが違います。

音楽的な耳がイイ、とは、
とてもざっくり言うと、
音楽や歌への興味によって、
《聴こえているエリア》が、
《遠く、広く、深い》事と言えます。

例えば、、、

電車に乗っていて、両隣の人が別々に話をしていたとします。
その人達の声を、言葉ではなく、
「音」として同時に聴いてみるイメージをしてみてください。

さらにそのあと、

それぞれの向こう側に
また別の人達が会話をしていて、
そちらの方が自分にとって、
より興味深い話だったとします。

そちらが気になった自分の耳は、
それを聴こうと耳を《遠く》へ飛ばします。

その時、先ほどの両隣の人達の声は、
『内容はわからないけど聴こえている』
または、
『より耳に近く、手前で音が鳴っている』
くらいの状態に変化すると思います。

[聴こえているけど、聞いていない]

この状態に慣れる事が、音楽的に聴こえている耳へのはじめの一歩となるトレーニングです^_^
posted by kim at 13:21| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年08月31日

【約束】

【約束】

私は授業中、学生達と約束している事があります^_^

それは、

「無理」「難しい」「出来ない」。
「でも」「だって」「だけど」。

という言葉を

【言わない、思わない、言い換える】

というものです^_^
(たまに大人の方にも伝えます笑)

不平不満もそうですが、
それは『思う』だけでも自分の身体に影響があるし、『口に出す』『文字にする』という現象化をしてしまうと更に影響が強くなります。

自分で自分の身体に毒を作る事になります。

言えばスッキリするから、と言った学生もいましたが笑^_^

「ふふ^_^それが心の大きな罠なんだよ?笑」

と伝えていたら、少しずつ言わなくなってきました\(^o^)/

愛する学生達の身体に毒が生まれるのは辛いので、約束を習慣にしてくれたら嬉しいなぁ^_^
posted by kim at 12:06| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

【成長や進化は、毎日のご破算から】

【成長や進化は、毎日のご破算から】

成長することって、
昨日までの自分に「足し算」するんじゃなくて、
昨日までの自分から「引き算」するんでもなくて、
昨日までの自分を、
毎日毎日「ご破算(0)」にすることから始まるんだな〜、、、^_^
posted by kim at 17:26| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

【おぼえる】

【おぼえる】

私は「覚える」と「憶える」が、バランス良く出来てる方がとても好きです^_^
私的に、この2つの違いをこう捉えています。

・覚える⇨感じたものが〔身体に入った後に〕、その正体や存在に気づくこと
…《恐怖を覚える》《怒りを覚える》《喜びを覚える》など。

・憶える⇨心に意図を持って、身体に入れようと努めて行うこと
…《暗記科目を憶える》《電話番号を憶える》《整理されたものを憶える》

前者に必要なものは、よけいな思考よりも行為や感受に集中すること。

後者に必要なのは、論理的な思考を使いながら対象や方法に集中すること。

もちろん、どちらも大切ですが、スポーツや芸事、職人さんにおける手順を付けるとしたら多分、
《覚える》の後に《憶える》
なんですよね〜^_^

そういえば、
知り合いの料理人が使う、
新米弟子への口ぐせが、
「頭で憶えるんじゃねえ!手で覚えるんだよ!」
でした^_^
(多分、漢字にするとこうなると思います笑)

私も学生達に「憶えなくていい」とよく伝えますが、最初から頭に記録して憶えようとすると、知らず知らず情報を限定してしまって見過ごしが多くなります。
他のことに気づけなくなるんですよね(⌒-⌒; )

なので、地味ではありますが、最初はやはり、繰り返しの反芻反復という行為に集中してもらって、身体や感性で覚える=感覚、が一番なんではないかと思うのです^_^

繰り返し続ける時間に勝るものはないってことですかね^_^
posted by kim at 09:42| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年08月18日

【不惑】


Facebookばかりで、ブログが長らくご無沙汰でしたが、、、

先日、ようやく節目の歳となりました^_^

四十にして惑わず、と孔子様は仰ったそうですが、私はまだまだ惑いや迷いが多そうです笑

ですが私には、

素晴らしい仲間達がいます。
偉大な先輩や恩師がいます。
未熟な私を信じて、付き合ってくれているたくさんの生徒さんや学生達もいます^_^
時に私を叱り、時に私を慰め、時に私を鼓舞し盛り立ててくれる、私の人生の宝です。

皆さんのおかげで、
私は様々な惑いを「遊ぶ」事が出来ていると思っています。

どうぞこれからも、
不惑ならぬ【遊惑】な木村と、
よろしくお付き合いくださいませ!
\(^o^)/

今日という日を迎えられた事、
心からの感謝を込めて、

皆様、本当にありがとうございます!
m(__)m
posted by kim at 12:13| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年02月28日

メッセージの感じ方

私はハジメマシテのレッスンの時、

「タメシに〜してみましょう!」

とよくお伝えするんですが、
この時、その方のカラダの動きや声で、そのメッセージをどのように受けとったかを視てたりします^_^

結果はどうであれ、カラダが躍動して、動きが大きくなる方は
「〜してみよう!^_^」
と受けとった方です。

対してカラダが力んだり、硬くなったり、動きが小さくなる方は
「〜しなくちゃ(>_<)」
「どうやるのかしら?こうかしら?」
と受けとった方です^_^


その上で、更に
「もっと〜してみましょう!^_^」
とお伝えします。


そうするとまた、
「よし!もっと〜しよう」
と受けとる方と、
「あれ?出来てないのかな?違うのかな?」
と受けとる方に分かれていきます。


歌のチカラにおいて、これってケッコウな差が生まれちゃいます^_^


「〜しよう!」という思考は【意欲】なので、アタマとカラダに遊びゴコロをもたらして、自由にしてくれます。こうなると感受性が高まって変化を恐れなくなります。
これを貫けたら、ある程度のレベルまではスンナリ行けます^_^

「〜しなくちゃいけない」という思考は一つの【制約】なので、自分でルールを作ることになります(>_<)
こうすると、アタマとカラダは少し硬くなってしまって、カラダの変化に対して臆病になります。
感受性を自分で封じてしまうんですね^_^


これをもう少し深めると、

「〜しなくちゃいけない」という方は、正しいor正しくない、という【答えを求めて探す思考】

「〜しよう」という方は【答えはないので探さない思考】

という部分が視えてきます。

私はよくレギュラーのゴスペルレッスンやヴォーカルレッスンで
「正しいや間違いという答えのあるものに働くのが、理解するチカラやわかるチカラ。
歌には、歌詞や音程、リズム以外《わからないもの》がほとんどなので、それはあまり使えません^_^
なので、わからなくてイイんだ、自由なんだ、と《まずは》思ってみてください」

とお伝えします^_^
すると、理解しようという意識から、感じようとする意識が働きはじめて、声やカラダを柔らかくしてくれます。

感じるチカラは、わかろう、覚えよう、出来るようにならなきゃ、という理解を横に置いたときに、ヒラキはじめます^_^

どんなときも、自由な心で歌いましょう\(^o^)/
posted by kim at 12:33| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年02月27日

お悩み

先日、本当に久しぶりですが、
こんなお言葉をいただきました^_^

「先生はクリスチャンでもなく、仏教徒でもなく、ゴスペルも御詠歌も教えてると聞きましたが、そんなこと許されるんですか?していいんですか?(>_<)」

その方はご実家が仏教でご本人は強い信仰はないと仰る方でしたが、気持ちが良いくらいの直球質問^_^
思わず楽しくなりましたが、やっぱりこのテーマで悩まれる方がいるんだなぁと思いまして(⌒-⌒; )

昔はよく、この手のお話やご忠告をいただきましたが、最近は私が無節操者だというのが伝わってきたみたいで、トンとなかったものですから懐かしくなりましたね〜^_^

で、私は答えます。

「はい^_^許されますし、していいんですよ\(^o^)/」

「えっ?だって信仰が無いのに指導なんてしていいんですか?」

「ええ、私は信仰心ありますよ〜、正式な仏教徒でもクリスチャンでもありませんが^_^」

「よくわかりません(>_<)」

「ええ^_^わかろうとすればわからないでしょうね〜。なので、それは許されるし、いいんだということだけ覚えてくださればいいですよ^_^」

「益々わからないんですが、、、」

「ふふ^_^
わかりたいのは今のあなたですか?それとも、今までのあなたですか?」

「はっ?」

「あなたが抱いている、許されないんじゃないか?というお悩みを作っているのは私ではありませんよ、という事です。
そのお悩みはあなたが作られてるんですよ^_^」

「いや、だからそれは先生のやられていることが違うんじゃないかと思って」

「そう、それは間違ってる、と言いたい方があなたの中にいるんですよね^_^
その『あなた』が、こうあるべきだと今のあなたに投げかけてきたんです。
で、今のあなたがそれを確かめたくなった^_^」

「それは、、、確かにそうかもしれませんが、、」

「ということは、そのお悩みはあなたが、あなたの世界の中で作ったものであって、私はあまり関係してないことになりませんか?^_^」

「……。」

「うん、いくらなんでもそんな風に言われるとなんだか騙されたような気分になりますよね〜^_^
なので、私なりの私見をお伝えします。こうあるべきだと今のあなたに叫ぶ『あなた』にお伝えくださいな^_^」

「たとえば、目の前に大きな大きな一つの山があったとします。その頂きは遥か上空で目にはとても見えません。そんな大きな山です。
ある人は西から、ある人は南から、その山を麓から登ろうとしています。
その山の登り方は基本的に自由なので、入り口も道も無数にあります。

そんな麓の、ある場所に門と立て札がありました。
西の立て札には『Buddhism ROAD』
南の立て札には『Christianity ROAD』
と書かれています。
その道は他のケモノ道のような山道よりも、とても美しく整えられ、誰もが頂きに向かえるように作られていました。
それを作られたのが、
イエス様や仏陀です。
目的は一つ、
彼らが居たその頂きへ皆が無事に来られるようにするためです。

頂きにも立て札が立っていて、
そこには、
【人が目指す在るべき姿】と書かれています。
我々、人間や衆生はそこを目指すために生まれてきました。

私はその山を南西から登っています。
舗装されていないので、なかなか大変ですが、それはそれで楽しい山道です。

御詠歌は西の道に、ゴスペルは南の道に、道すがら退屈になったり、足元の灯りが消えたりしないように用意されていたものでしたが、それらがあまりにも素晴らしく楽しいものだったので、他の道を歩む人たちも道すがらにそれを歌いたいと願うようになりました。
そして、それを歌う事でその道を歩んでない人も笑顔で頂きを目指すようになれました。

さて、ここで質問です。

山の頂きを目指すこと
ゴスペルや御詠歌を歌うこと
決められた道を歩むこと
我々にとっての、
また、イエス様や仏陀が仰っている
目的はどれですか?
手段はどれですか?

このテーマにおける全ての悩みはこの質問に帰結します。

私は頂きを目指すことが目的です。
ゴスペルや御詠歌、そしてどの道を歩むかはあくまで手段です。

「それを歌うためには、その道を歩まなければならない」
「その道のものを勝手に歌ってはいけない」

この言葉には、頂きを目指すことが目的として含まれていません。

歌や道が目的になっていて、頂きへの歩みが手段になっています。
おそらく、その道を歩む自分が正しいのかどうかわからなくなった方や、正しいと思いたい方の心が、その言葉をご自身で作られたのでしょう。

それを仏教ではこう言います。
「過去の己への執着(しゅうぢゃく」
「世間由(せけんゆう)による苦しみの創出」

悩まれる方も、批判される方もされた方も、全てはその方が、自分でそれらを創りだしているんです。

私は執着しませんし、自由ですから、そういったものを作りませんし、受け付けません。

ですから、私が最初に申し上げたように、あなたが今日覚えるのは、『それは許されるし、行っていいのだ』という言葉だけなんですよ^_^」

「…歌って、いいんですか?」

「はい^_^」


その方はやっぱりよくわからないと言いつつも、少し明るい顔になって帰っていかれました^_^

悩みや苦しみ、嫌な感情は他人ではなく、自分が創るもの。
でも、それらは感情も含めて、
とても愛しいもの。
そのおかげで、気づかなかった自分をまた知ることが出来ます。

私は、感情とともに湧き上がる悩みや苦しみをそんな風に思っています^_^

まぁ、私が無節操と思われるのも無理ないですよね(⌒-⌒; )
不愉快に思われた方がいらっしゃったらごめんなさいm(__)m


iPhoneから送信
posted by kim at 18:04| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年01月31日

開眼の2015年

すっかりコチラがご無沙汰でしたが、私自身の様々な変化に溢れた2015年のおかげで、私の指導研究は一つ目の大きな区切りを迎えそうです。

私が昨年至った気づきは、とてつもない恵みに満ちていました^_^

歌や発声の指導のみならず、私自身の仕事の重要性を改めて実感出来たことで、言いようのないチカラがカラダから溢れています\(^o^)/

40歳を前に、この気持ちになれたことは本当に様々な方々のおかげです。私は本当に運がいいのだと感謝しています。

レッスンや講座はこの気づきを表現していくのは当然として、
それ以外の方法でも伝えていきたいと考えています。

《現代日本における音楽の重要性》
《感覚的でなければならない理由》

2016年が本当に楽しみです^_^
posted by kim at 10:04| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年10月02日

夢の公言

突然ですが、
私にはあまりにも分不相応な、
壮大な夢、無謀な願いがあります^_^

ですが、今の自分と比べて、あまりにも壮大過ぎる夢は、おいそれとは口に出来ません。
責任がつきまとう大人になればなるほど(⌒-⌒; )

若い学生達には夢と目標を持ち、それを口にするように指導しています。
それは間違いなく、視えないチカラになるからです。
でも、控えめな彼らはそれをなかなか口にしません。

もちろん、口にする事が全て良いわけではないかもしれない、秘める事もチカラでしょう。
ですが、声や音を愛する我々が「言霊」というチカラを借りないという手はない、と私は思っています。

では何故、若い彼らはそれを言わないのか?

それはきっと、
大人の私が、いつも「夢や目標を口にしろ」と言っている私自身が、人からの揶揄を恐れて、自分の夢や目標を口にする姿を伝えていないからではないか?

私はそんな風に考えました。

なので\(^o^)/

私も、自分がずっ〜と持ち続けている夢・イメージ・目標を公言する事にします^_^

もういい大人なのに馬鹿だな〜と思われるでしょうが、基本的に私はバカなので仕方ありません^_^

私の夢です。

昔々、そこに行けば誰もが
「苦を諦め、幸せになれる国がある」
という伝説がありました^_^
その国の名を、人は『ガンダーラ』と呼びました。

私はいつか、歌やハーモニーでそんな国を作りたい、と思っています^_^

そこに住まう人々は皆、豊かな感受性と煌びやかな歌声を持ち、
そこを訪れる人達は皆、その楽しさや喜びに魅了され、いつの間にか、そんな感性と歌声を自身も身につけてしまう。

笑顔と音楽に溢れる人々によって存在するその国には、
問題や困難は起こっても、
絶望はありません。

豊かで柔軟な感性は、あらゆる問題に対し常に、ユーモアに富んだ解決策を生み出します。

力強く美しい歌声に満ちた身体は、その解決策を試し、実行し続ける勇気と行動力をもたらします。

そこに住まう人々は皆、
全ての困難は
『希望へのチャンス』
『生命が求める遊び』
という事を知っています。


その国の名は【ヴォーチェリア】
豊かな感性と歌声に満ちた希望の国。


学生諸君^_^
私の夢は、
いつかそんな国を作る事です^_^

無謀で、馬鹿げた夢でしょ?笑

でもね^_^
命の続く限り、私はそれを、
全力でやり続けるんです!\(^o^)/

さぁ、今日も明日も共に頑張ろう!\(^o^)/
posted by kim at 13:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年08月20日

すっかり(⌒-⌒; )

怒涛の6〜7月にかまけて、こちらの更新がすっかりご無沙汰になっておりました(⌒-⌒; )
Facebookばかりの更新になるとダメですね(>_<)

この2ヶ月はホントーに!
色々ありました!\(^o^)/

幸せな事、改めて気を引き締めなければならない事、新たにチャレンジする事、本当に色々な贈り物を天からいただいています\(^o^)/

さぁーて、ここからまた頑張ります\(^o^)/
posted by kim at 15:13| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

大成功!

【声道講習会&サンシャインゴスペル!大盛況で大成功\(^o^)/】

昨日一昨日は、なかなかハードなチャレンジでした\(^o^)/
60〜80代シニアの方々20名への簡単発声トレーニングを行う声道講習会と、今年で3回目となる池袋サンシャインゴスペルライブ!

どちらもいい意味での緊張感の中、とても幸せな時間をいただく事が出来ました!\(^o^)/

シニアの皆様の声はあっという間に輝きはじめ、翌日サンシャインではゴスペルクラスの声が輝きまくっていました\(^o^)/

ホント、幸せだなー^_^
感謝です。
posted by kim at 09:04| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

歌詞テロップ

今ではどの音楽番組でも当たり前の「歌詞テロップ」。

歌詞テロップの歴史はサザンの存在が始まりと言われてますが、もともとはもう少し前で、第二次世界大戦なんですよね^_^

国営放送で映像と音楽を流して、国民に手っ取り早く軍歌を覚えてもらう手法として誕生したのが最初で、今のカラオケ機器はそこを参考にしてます。

アレ、私、とっても好きじゃないんです(._.)

テロップは歌詞を知りたい方には親切ですが、響きや音楽全体を知らなきゃいけない人たちにとっては、とても不親切ですよね^_^
あれのおかげで、受け取る側の情報が歌詞や文字に寄りすぎちゃって、歌声の質感やハーモニー、伴奏全体といった「音の情報」が聞こえなくなっちゃうんですよ(⌒-⌒; )

Vocalの生徒さんには、
「テロップを追わずに音楽番組を見た方が良いよ」
って伝えるんですけど、もう一般化して30年くらい経ってるので、習慣化してるんですよね(⌒-⌒; )

癖づけられたら、歌やハーモニーの感度や技量は確実に早く上がって、レッスンの進度も早くなるんですが、、、。

耳よりも目を働かせやすくしちゃう歌詞テロップ、アレ、反対運動起きないかな〜(⌒-⌒; )
posted by kim at 17:44| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年05月31日

声道館(しょうどうかん)

日差しが強いですね〜^_^

本日は声道館です^_^
今回も定員一杯のご予約をいただき、ホントに嬉しいです^_^

さぁ、今日も簡単なエクササイズで皆さんの声と耳をカパッと開いていただきます!\(^o^)/
posted by kim at 10:56| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年05月26日

たまに話(わ)

たまには真面目な話^_^
備忘録のメモとして^_^


私はよくエクササイズ中に、
「○○と○○と○○を意識しましょう!」
というメッセージを伝えます^_^

その目的は、この時の生徒さんの声や表情、感想といったリアクションで、その方が、
「意識する」を「イメージする」と捉える人か、
「意識する」を「理解する」と捉える人か、を判断するためです。


一概に全員が当てはまるわけではありませんが、
『難しい』
『そんなにたくさんは意識出来ない』
といったリアクションの方は概ね後者の、意識=理解と捉えている方と言えます。

この「理解しよう」「理解しなきゃ」という気持ちの強い方は、感覚の体現までに、とても遠回りする可能性があります(⌒-⌒; )

何故か?

理解する脳と、意識や感覚を体現する脳は違う場所だからです^_^

数学脳、論理脳といった理解脳である左脳は、
「3つ以上の事を同時には考えられない」
という重大な弱点があります。
複数の条件から一つの解答を得る時も、常に2つを対にして考えを深めていくのが左脳の特徴です。

ですので、同時に3つ以上の要素が必要な感覚の体現において、左脳を使い理解しようとする事自体に、無理があるという事になります。(>_<)

これが「難しい」という感想が生まれる主な理由です。


では、
トレーニング中に必要な、
正しい意識とは何か?\(^o^)/


「意」という文字は、心の音、と書きます。
ということは、
『意識』という言葉は、ただ、自分の心の音を繰り返し聴き続け、見つめ続け、識ること、となり、識るべき対象は自身の「こうしよう」という《ベクトル》や《イメージ》のみとなります^_^

「出来てるかな?」というジャッジメントや、やり方のコツ、仕組みを識ろうという部分は、そのベクトルの先にあるものであって、識るべき対象が変わってしまっている事を意味します(>_<)

これが、『意識する』を「理解する」と捉える方の大きな特徴です。

理解から感覚の体現は生まれません。
どんな歌い手も
ボイストレーナーも、
ある程度の体現が出来た後、
その感覚的な意識を、
理で解したのです。


我々は3つ以上の事を同時に考える事は出来ませんが、美しい風景を見たり、楽しく遊んでいる時のように、3つ以上の事を同時に見つめたり、感じたりする事は出来ます。
気持ちの良い大自然の風景は、
【左脳を使わせない】からです。


優れたボイストレーナーの方々が、たくさんのユーモアやイメージを使って指導する目的こそ、この【左脳を使わせず、右脳を開く】という部分にあるのです。

もし、感覚の体現に苦労されている方がいらっしゃったら、是非一度、理解ろうという気持ちを一旦横に置いてみてください。
その時、感じようとする脳が目覚め始め、出会った事のない感覚と自分自身に出会えるはずです^_^

出会えたら、
すんごく楽しいですよ〜\(^o^)/


おしまい。
posted by kim at 10:22| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年05月24日

サンシャインに向けて^_^

昨日今日と池袋レッスン^_^

6/13(土)12:00〜16:00に催される池袋サンシャインライブに向けて、皆さん、熱が入ってきました\(^o^)/

発声と発音のポイントや、歌う時の楽しみ方、それらを覚えててくれればきっと素晴らしいステージになるだろうな〜\(^o^)/

お時間ある方は是非\(^o^)/
池袋サンシャインでお会いしましょう\(^o^)/
posted by kim at 10:43| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする